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[F1本・感想] 新刊購入「GP Car Story GP CAR STORY Vol.17 Lotus 99T」(三栄書房) [モータースポーツ (F1・WEC)]

10月7日に発売のF1関連本「GP Car Story GP CAR STORY Vol.17 Lotus 99T」(三栄書房)の感想とレビューです。



【主な目次はこちら】

Gallery 99T
エフワン元年、それを象徴する要素の集大成的マシン──Flash Back
アクティブサスペンションの功績と罪過 99Tに見るロータス・テクノロジーの先見力
理解し切れていなかったアクティブの影響──ピーター・ライト インタビュー
99T Variations──レースごとの仕様とモディファイ
継続的な開発が必要な車体だった──ティム・デンシャム インタビュー
99T Detail File──マシンの細部を探る
過給圧規定下で図られた最適化──後藤 治インタビュー
量産エンジンの哲学から生まれたレースエンジン
ふたつの組織──チーム・ロータスとロータス・エンジニアリング
ラングレー・オフィス──現場を支えたホンダ最前線基地
夢の四天王体制よりも意義深き“3点セット”構想──桜井淑敏インタビュー
1987年の風景
対談 中嶋 悟×今宮 純──ふたりだけが知っている87年のエピソード
先駆者中嶋の凱旋レース??1987年第15戦日本GP
歓喜と失望と決別と。──アイルトン・セナが明かす87年の偽らざる想い
やはり99Tが勝てたのはセナあってこそ──1PP&2勝の価値を分析する
あの日、鈴鹿で得た力──佐藤琢磨が語る人生を変えた99Tの衝撃
モータースポーツに革命を起こした天才コリン・チャップマン
天下一品、孤高のブランド──GP Model Story #17
次号予告/プレゼント
Epilogue

【本誌プレビュー】

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今回ピックアップされたのは、日本で空前のF1ブールの先駆けとなった1987年・音速の貴公子「アイルトン・セナ」と日本人初のフルタイムレギュラードライバーになった「中嶋悟」がドライブした「ロータス・ホンダ・99T」です。

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(左:ロンドンでの新車・ドライバー発表会見 / 右: アイルトン・セナと中嶋悟)



(オートアート・コンポジットモデル 1/18 ロータス 99T ホンダ F1 日本GP 1987 #12 アイルトン・セナ)



(オートアート・コンポジットモデル 1/18 ロータス 99T ホンダ F1 日本GP 1987 #11 中嶋悟)


当時中学生だった私は、フジテレビの深夜のF1中継を見てこの「ロータス・ホンダ・99T」と「ウィリアムズ・ホンダ・FW11B」伝説のホンダエンジン(RA167E)による1987年のイギリスGPでのホンダ1-2-3-4フィニッシュは強く脳裏に焼きつき、思い入れが強い1台です。

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(左: 同一画面に収まるホンダの4台 / 右: 最終リザルト)


ロータス・ホンダ99T」と言えば、「アクティブサスペンション」というハイテク装置を装備した珍車(!?) この本で知りたかったのは、当時の「アクティブサスペンション」の開発や評価を知りたかったので。

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(現在、ホンダコレクションホールで動態保存されているロータス99Tは、上記のアクティブサスは取り外されている)


アクティブサスペンション」は、リアルタイムでサーキットの路面変化・マシン荷重による車の挙動をコンピューターと連動した油圧サスペンションが常に車の姿勢(車高)を一定に保ち続けるシステムでした。メリットとしては、車高が常に一定しているので空力特性を最大限利用できる、またドライバーへの負担も軽減できました。

F1の「アクティブサスペンション」(リアクティブサスペンション)搭載車で大成功した言えば、1992年のナイジェル・マンセルがドライブした「ウィリアムズ・ルノー・FW14B」や1993年のアラン・プロストがドライブした「ウィリアムズ・ルノー・FW15C」でした。


(タミヤ 1/12 ビッグスケールシリーズ No.29 ウイリアムズ FW14B ルノー)


残念なのはこの「ロータス・ホンダ・99T」の「アクティブサスペンション」は、時代を先取り過ぎました。1987年当時は姿勢制御の演算を行うコンピュータ(スーパーファミコンより少し上の性能)がF1の走行速度が速いために演算が間に合わない、また機構的にも開発が熟成されておらず、油圧抜けなどの不具合が多いなど不完全なものでした。現に「ロータス・ホンダ・99T」はセナの力量を持ってまでしても、低速の市街地サーキットのモナコGPとアメリカGPしか勝てなかったという結果が出ています。

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(モナコGP 左: セナ車載カメラ / 右: チェッカーを受け今期初優勝のセナ)


仮に「ロータス・ホンダ・99T」が、当時主流の「パッシブサスペンション」(普通のバネ式のサスペンション)だったら、当時セナは何勝出来ていたのかたと妄想してしまいます(苦笑)  

同じホンダエンジン(RA167E)搭載の「ウィリアムズ・ホンダFW11B」は16戦中ポールポジション12回・優勝9回だっのに対し、セナはポールポジション1回・優勝2回でした。


("レッド5" ミニチャンプス 1/18 ウィリアムズ ホンダ FW11B N.マンセル 1987年)


しかも「ロータス・ホンダ・99T」は、歴代の95T・97T・98Tの進化版であり「アクティブサスペンション」を考慮された設計(旧型のマシンにハイテク機能を付けアンバランス)になかった、当時F1にタイヤを供給していたグッドイヤーも「アクティブサスペンション」用のタイヤの開発に消極的だったため、ある程度周回を重ねてタイヤを温めないと使い物にならないなどもありました。

意外だったのは、天才肌のセナがこの「アクティブサスペンション」のシステムに対してかなり評価をしていたとは意外でした。しかし、99Tは歴代のマシンの進化版で空力特性はよくなっていたはずと思っていたのですが、「車の空力が悪かった」と評価していたのは意外でした。

本誌で興味深いインタビューは、当時のホンダエンジンの総監督・桜井淑敏氏の話は目から鱗でした。桜井氏がいなければ、日本でF1が大衆化しあの空前のF1ブームは起こらなかったのではないかと思わせる内容でした。

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(左: 中嶋選手を労う桜井氏 (右側) / 右: レース中の桜井氏 (右側))


あの1987年のホンダエンジンの供給体制は「ロータス・ウィリアムズ」ではなく、「マクラーレン・ウィリアムズ」で、しかもマクラーレンのドライバーはアイルトン・セナとアラン・プロストだったという話。どうしてホンダF1第1期でエンジン供給をコーリン・チャップマンにドタキャンされてロータスには不信感があったはずなのに、なぜマクラーレンではなく、ロータスにエンジン供給をしたのか本誌で詳しく語られております。

最後に「ロータス・ホンダ・99T」はF1カーとしてはイマイチな車だったと思いますが、日本にF1文化を大衆化させたエポックメイキング的な1台であったというのは間違いありません。



ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました!!

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